太田隆次の人事講座

縄文の昔から江戸時代までの人口がどうして分かるのか [目指せ!人事の雑学王]

投稿日時:2012/11/19(月) 09:00rss


日本の昔の時代の人口は、

縄文時代後期は約26万人(自然物採集のみ)
弥生時代後期は約59万人(中国から稲作が伝わったので人口が急増)
奈良時代は約550万人(公地公民で農地が急増)
平安時代は約644万人
鎌倉時代は757万人
室町時代は約818万人
戦国から江戸時代(1600年代)は約1,227万人(農地を増やして年貢米取り立て)

と推定されています。
 
 これら古い時代の人口の推定は、欧米で生まれた「歴史人口学」の研究分野で、かなりの精度で正しいとされています。
その方法を紹介しましょう。

1.住居跡を調べる(古代)
 縄文時代や弥生時代は、住居跡の遺跡の分布や数を考古学的に調べます。

2.田畑を調べる(古代)
 田畑の遺跡や稲作の収量から生存可能な人口を推定します。

3.廃棄物から調べる(古代)
 貝塚などの廃棄物の量から推定します。

4.戸籍簿を調べる(奈良時代)
 奈良時代の政権は、租庸調の取り立て、徴兵の基礎資料、奴婢の逃亡の防止などの目的で
家族ごとに戸籍を作っていましたから、残っている戸籍を詳細に調べれば人口が推定できます。

5.宗門改帳(江戸時代)
 江戸時代はキリスト教の取締りのために都市や村落ごとに宗門改帳をつくり、これで正確な人口が把握出来ました。
ヨーロッパ諸国では逆に都市や村落ごとにキリスト教区を設定し住民の洗礼日と洗礼名、生死の年月日などを
詳しく記録していました。

6.住民の動きや年貢米の記録を調べる(平安、鎌倉、戦国時代、江戸時代)

 各時代とも領主や藩主は、武士や農民などの住民の把握と、年貢米の取り立てのために、
藩や庄屋などの末端組織を通じて人数の詳細や年貢米の実態を把握していましたから、
寺社などに残存している古い記録や古文書を調べれば正確な人口が推定できます。