太田隆次の人事講座

今年の漢字は「税」ですが [目指せ!人事の雑学王]

投稿日時:2014/12/24(水) 09:00rss


 毎年12月12日に恒例の京都の清水寺で、管主が大きな筆で書いた今年の漢字の「税」のルーツを知っていますか?

 これは古代中国の象形文字で、拡大してよく見ると、
禾(のぎ 稲、麦の実の外殻)+ 八(剥ぎ取る姿)+ 兄(頭の大きい人)で、
要するに「人の着物をはがして抜き取る」「収穫の一部を抜き取る」という、よからぬことがもともとの意味です。

それが「国家や支配者が人民の収入や収穫のうちから抜き取って徴収するもの」すなわち現代の「税」の意味になりました。
 
 日本の律令制では民部省所属の主税寮が「税」の徴収を担当する役所(現代の財務省主税局に引き継がれている)でした。
主税寮は「しゅぜいりょう」とは読まず、「税金を取る国家の力」を表すという意味で、
当時の大和言葉で「知加良乃豆加佐」(ちからのつかさ)、「主税」を「しゅぜい」ではなく「ちから」と読ませました。 
 
 江戸時代の武士には、律令時代の官職を本名以外に通称としてつける風習があり、
忠臣蔵の大石良雄は長男の大石良金(よしかね)の討入り前の成人式に際し「主税」(ちから)という格調高い名前を与えました。
税金を徴収する仕事とは全く関係ありません。

そのせいで現代人は「大石主税」を「おおいし しゅぜい」ではなく「おおいし ちから」と読まされる羽目になりました。
 
 似たことは大岡越前守の本名は大岡忠相(ただすけ)ですが、高官は幕府が朝廷に名前を登録する際に格をつけるため、
本名ではなく律令時代の国の長官の国守(こくしゅ)の名前をつける決まりがあり、
大岡忠相は「越前守」で登録されたのでドラマでお馴染みのように「大岡越前守」(おおおか えちぜんのかみ)と称されました。
越前の国や領民とは関係ありません。
 
 律令時代の政治組織や官職名に興味のある方は「人事の教養」にある「官位制」のURLをクリックして下さい。
上段の横欄に「主税寮」「主計寮」が出ています。